カートより長く生きてしまった僕が、毎年思うこと
こんにちは、らじおです。
4月5日。
桜がふわっと風にほどけていく頃、毎年ふと思い出す名前があります。
カート・コバーン。
彼の命日が近づくと、なぜだか無性に、あの頃の音を聴きたくなるんですよね。
「グランジロック」という言葉に、少し懐かしさを感じる方も多いのではないでしょうか。
90年代、アメリカ・シアトルから生まれたあの“ざらついた音”。
ダメージジーンズにスニーカー、ネルシャツ。
飾らない、というより“飾ることを拒否した”ようなスタイル。
その中心にいたのが、ニルヴァーナ(Nirvana)でした。
中学生だったあの頃。
今みたいにスマホもサブスクもなくて、音楽との出会いはちょっとした“冒険”でした。
CDショップに並ぶ無数のジャケットの中から、直感だけを頼りに選ぶ。
いわゆる“ジャケ買い”。
水中で赤ちゃんがお札を追いかける、あの衝撃的なジャケット。
『ネバーマインド(Nevermind)』
あれに手を伸ばしたのは、もう運命だった気がします。
そして1曲目。
Smells Like Teen Spirit。
再生ボタンを押した瞬間、部屋の空気が一変したのを今でも覚えています。
「なんだこれ…」じゃなくて、「これだ…」っていう確信みたいなやつ。
あのイントロは、人生のどこかに“穴”をあける音でした。
そんなニルヴァーナも、1994年。
カート・コバーンの死によって、あまりにも突然に幕を閉じます。
深夜の洋楽番組でそのニュースを知ったときの、あの感覚。
テレビの前で、ただ呆然としていたのを覚えています。
“絶望”なんて言葉、それまで知らなかったのに。
音楽ひとつで、人はこんなにも打ちのめされるのかと。
あれから、ずいぶん時間が経ちました。
気がつけば、40代。
カートが生きた27年よりも、長くこの世界にいる自分がいる。
誕生日のたびに、ふと頭をよぎるんです。
「また少し、彼より長く生きてしまったな」って。
ちょっと不思議で、ちょっとだけ切ない感覚です。
最近では、ニルヴァーナのロゴTシャツを街で見かけることも増えました。
音楽を知らなくても、そのデザインは知っている。そんな存在になりました。
それだけ、彼らの残したものが大きかったということなんでしょうね。
カートの人生は、決して長くはありませんでした。
でも、その“濃さ”は、今もこうして誰かの時間を揺らし続けています。
だからなのか、毎年4月が近づくと、少しだけ自分の人生を振り返りたくなるんです。
ちゃんと“鳴ってる”かな、自分の毎日は。
誰かの心に、ほんの少しでも残る音を出せているかなって。
たまには、昔好きだったアルバムを引っ張り出して、
少し音量を上げてみるのもいいかもしれません。
あの頃の自分と、今の自分が、同じ一曲の中でそっと再会する。
そんな夜も、悪くないですよ。


