こんにちは、らじおです。

先日、久しぶりに公園のベンチに座って、
少しぼーっとしてみようと思いました。

スマホも見ず、
音楽も流さず、
ただ座って、何もしない。

たまにはそういう時間もいいよなあと思ったのですが、
やってみて気づきました。

ぼーっとするの、むずかしすぎる。

まず最初に気になるのは、
目の前を通る人たちです。

服装、歩き方、表情、持ち物。

脳が勝手に、
「その上着、春の正解だな」
「めっちゃ急いでる人いるな」
みたいな実況を始めます。

そして外の情報が少し落ち着いてくると、
次は内側が騒がしくなります。

「あれやらなきゃ」
「これ返してない」
「そういえばあの件どうなった?」

さらにしばらくすると、
なぜか過去の恥ずかしかった出来事まで出てきます。

今ここ、公園なんですけど。
なぜ脳内だけ反省会会場になるのでしょうか。

でも、しばらくその時間を耐えていると、
少しずつ心の中に空間ができてくる感じがありました。

すぐに静かになるわけじゃない。

いったん頭の中のごちゃごちゃを全部通過して、
そのあとでようやく、
少し静かな場所にたどり着く。

そんな感覚でした。

たぶん「ぼーっとする」って、
最初から穏やかで気持ちいい時間に入ることじゃなくて、

自分の中のノイズが一度表に出てくる時間
なんだと思います。

普段の生活では、
やること、考えること、気にすることが多すぎて、
頭の中はずっと軽く混雑しているのかもしれません。

だから急に立ち止まると、
今まで後回しになっていたものたちが
「今なら出られる!」と一斉に押し寄せてくる。

ちょっと迷惑ですが、
たぶん必要な渋滞です。

何もしない時間って、
楽そうに見えて、意外と体力がいります。

でもそのぶん、
その先にある静けさは、
ちょっとだけ本物な気がします。

忙しい毎日の中で、
何かを増やすことばかり考えがちですが、

ときどき人生には、
何かを足すことより、頭の中を通り過ぎさせる時間
のほうが必要なのかもしれません。

公園のベンチでそんなことを考えました。

そして帰り道、
「ぼーっとするのも才能じゃなくて練習かもしれない」
と思いました。

心を休ませるって、
案外、地味で不器用な作業なのかもしれませんね。

ABOUT ME
らじお
40代半ば、一人娘の父です。 メンタル心理カウンセラー資格所持。 就職氷河期のあと、約10年ほど海外を放浪。 その頃から読み始めた自己啓発本は1000冊以上になりました。 二十数年続く自分探しの旅、今日ものんびり進行中です。