洗濯機の中に筆入れがあった日の話
こんにちは、らじおです。
先日、ちょっと信じられないことをしました。
筆入れを洗濯しました。
しかも、ただの筆入れじゃありません。
お気に入りの、革製の、ちょっといいやつです。
洗濯機の中を見た瞬間、思いました。
「何をしているんだ、自分は」
しかもその筆入れ、緑色だったんです。
縁起のいい財布の色にならって選んだのですが、
その緑が洗濯物にまでしっかり広がりまして、
結果、服たちがうっすら開運カラーになりました。
いや、そういうことじゃない。
今回いちばん不思議だったのは、
「なんで洗ったのか」が自分でもよくわからないことでした。
だって普通、筆入れなんて洗濯物と間違えないじゃないですか。
でも逆に言えば、
それを間違えるくらいには疲れていたということなんだと思います。
最近思うんですけど、
疲れって、昔みたいに「もう無理!」って派手に来るんじゃなくて、
もっと静かに来るんですよね。
・ぼーっとする
・小さいミスが増える
・気づけるはずのことに気づけない
・そして筆入れを洗う
最後だけだいぶ強めですが、
わりとそういうことなんだと思います。
若い頃は、多少無理しても何とかなった気がします。
でも今は、
無理できることより、壊れないことのほうが大事だなと思います。
人って急にダメになるというより、
小さな「おかしい」が積み重なっていくものなのかもしれません。
今回で言えば、
それがたまたま筆入れという形で出ただけで。
そう思うと、あれはただの失敗じゃなくて、
「ちょっと休んだほうがいいよ」という
かなり雑なメッセージだったのかもしれません。
伝え方は最悪でしたけど。
ちなみに筆入れは、
なんとか拭いて乾かして、ギリギリ復活しました。
少しツヤはなくなったけど、
それも含めて、なんだか今の自分っぽい気もしています。
前みたいにピカピカではないけれど、
ちゃんと使えるし、まだいける。
そういう感じ、ちょっと大事かもしれません。
生き方
生き方
生き方
生き方
生き方
生き方
