暴落の日に、人は“哲学”か“証券アプリ”を開く
こんにちは、らじおです。
最近、相場が荒れています。
「最近ちょっと下がってるね」
くらいの言い方で済ませたいところですが、
投資をしている人の体感としては、たぶん
“ちょっと”の顔をした“まあまあな下落”です。
こういう時期になると、不思議なことが起きます。
ふだんは落ち着いていたはずの人が、
急に証券アプリを開く回数だけデイトレーダーみたいになります。
朝起きて確認。
昼休みに確認。
仕事の合間に確認。
帰宅して確認。
寝る前に、いちばん見てはいけないテンションで確認。
もはや投資というより、資産を通じたメンタル測定です。
しかも、見たところで急にチャートが優しくなるわけでもない。
でも、見てしまうんですよね。
人はなぜ、
傷つくと分かっているものを何度も見に行ってしまうのか。
たぶん恋愛と相場には、少しだけ共通点があります。
どちらも、思ったよりこちらの気持ちを考慮してくれません。
投資って、上がっている時は
「長期でいきます」
と言いやすいんです。
未来を信じられるし、
インデックス投資も複利も、なんだか賢そうに見える。
でも、相場が下がると話が変わります。
含み益は静かに消え、
含み損はやたらと存在感を放ち、
“資産形成”と呼んでいたものが、急に“不安の見える化”みたいになってくる。
投資の世界ではよく、
「長期・分散・積立が大事」
と言われます。
これは本当にその通りです。
新NISAやインデックス投資も、
結局は短期の値動きに振り回されず、時間を味方につける
という考え方がベースにあります。
つまり本来、こういう下落局面こそ、“慌てない”ことが大事なはずなんです。
…理屈では。
でも人間には、理屈のほかに感情があります。
ここでよく出てくるのが、損失回避バイアスというものです。
急に賢そうな言葉が出てきましたが、
意味としてはシンプルで、
人は“得する喜び”より、“損する痛み”を強く感じやすい
という性質のことです。
たとえば1万円増えた時より、
1万円減った時のほうが、ずっと心に残る。
しかも、その1万円が“生活に必要なお金”じゃなかったとしても、
ちゃんと地味にイヤなんですよね。
人間、ほんとうによくできています。
いや、よくできすぎて少し困ります。
この性質のせいで、
長期投資のつもりで始めたはずなのに、
相場が下がると急に心が短期目線になってきます。
昨日まで
「20年持つつもりです」
と言っていたのに、今日の下落で
「これは…いったん避難した方がいいのでは…?」
となる。
投資方針は長期なのに、
メンタルだけが超短期なんですよね。
そして、暴落時に起きやすいのが
狼狽売りです。
不安に押されて、
「とにかく今すぐ売りたい」という気持ちで売ってしまうこと。
もちろん、前提が崩れたなら見直しは必要です。
でも多くの場合、暴落時に揺れているのは戦略というより、
こちらの心だったりします。
だから改めて思うのは、
投資って「買う技術」より「持ち続ける技術」のほうが難しい
ということです。
買うのは意外とできます。
証券口座を作って、積立設定をして、
「よし、未来の自分、あとは頼んだ」
と言えば、ひとまず始められる。
でも本当に難しいのはそのあとです。
下がっても慌てすぎず、
上がっても浮かれすぎず、
何も起きない時期にも勝手に飽きず、
自分の前提を信じて持ち続けること。
これが地味に、かなり難しい。
長期投資って、
“ほったらかしでいい”みたいに言われることがありますけど、
実際には
自分の感情をなだめながら続ける静かな修行
みたいなところがあります。
しかも、こういう時期にSNSを見ると、
言葉まで相場みたいに荒れています。
「まだ下がる」
「今が買い場」
「逃げ遅れるな」
「むしろチャンス」
…もう、どっちなんだい。
こっちは昼休みにおにぎりを食べながら、
できれば穏やかに老後を迎えたいだけなんですが、
マーケット界隈はいつも少しだけ情緒が忙しい。
だからこそ必要なのは、
他人の熱量に飲まれることよりも、
自分が何のために投資しているのかを思い出すこと
なのかもしれません。
老後のためなのか。
将来の安心のためなのか。
人生の選択肢を少し増やすためなのか。
そこが見えていると、
相場が荒れても心の揺れ幅は少しだけ小さくなります。
暴落時に試されるのは、
相場観というより、
「どんな前提で投資していたか」
なんですよね。
上がる相場で増えるのは、資産。
下がる相場で育つのは、たぶん姿勢です。
というわけで、
相場が荒れている日に私たちがやるべきことは、
証券アプリを17回開くことではなく、
一度スマホを置いて、お茶でも飲むことなのかもしれません。
チャートは今日も動きます。
でも、心まで毎回連動させなくてもいい。
そして今日も私は、“長期でいきます”という建前と、
“でも、ちょっと気になる”という本音の間で、そっと証券アプリを閉じました。
投資って、数字のゲームである前に、
かなり人間くさい営みなんですよね。


