東京の深夜に流れた『SHOUT』と、少しだけ帰りたくなった夜
こんにちは、らじおです。
最近、ふと「ティアーズ・フォー・フィアーズ(TEARS FOR FEARS)」の『SHOUT』を思い出しました。

私は彼らのリアルタイム世代ではありません。
80年代当時はまだ子どもで、熱心に聴いていたわけでもなければ、レコードを買っていたわけでもありません。
それなのに、学生時代に東京で一人暮らしをしていた頃、深夜番組から流れてきた『SHOUT』を聴いて、不思議な気持ちになったことがあります。
懐かしい。
でも、何が懐かしいのかはよくわからない。
実家の空気だったり、家族と過ごした時間だったり、子どもの頃の何気ない風景だったり。
そんな記憶の断片が、曲に引っ張り出されるように頭の中に浮かんできたのです。
今あらためて聴くと、『SHOUT』には独特の空気があります。
透明で、キラキラしていて、どこか未来を信じていた頃の80年代がそのまま閉じ込められているような音です。
だからでしょうか。
ただ懐かしいだけではなく、少し切ない気持ちになるのです。
東京の狭い部屋で聴いていた私は、その音の向こうに、もう戻れない子どもの頃の景色を見ていたのかもしれません。
考えてみれば、当時ティアーズ・フォー・フィアーズに夢中だったわけではありません。
それでも耳はしっかり覚えていたのでしょうね。
音楽というのは不思議です。
記憶の引き出しを開ける鍵を、本人も気づかないまま持っていることがあります。
そして何十年も経ってから突然、「これ、覚えていますよね?」とでも言うように現れるのです。
なかなか反則です。
私にとって『SHOUT』は、好きな曲というより、昔の自分を連れてきてくれる曲なのかもしれません。
音楽はタイムマシンだと言われます。
でも、その燃料は案外、忘れていた記憶なのかもしれません。
ティアーズ・フォー・フィアーズの『SHOUT』を聴くたびに、そんなことを思うのです。
音楽
音楽
音楽
音楽
音楽
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