洗濯機が主役になりかけた僕の話
こんにちは、らじおです。
僕にはちょっとした習慣があります。
それは――
その日に着た服を、毎日洗濯すること。
シャツはもちろん、ズボンも。
なんなら布のバッグや軽いコート、カーテンまで。
「え、そこまでやる?」って思った人、正解です。僕もたまに思ってます。
でもこれ、ただのキレイ好きってわけじゃなくて、
どちらかというと
“その日にまとった空気をリセットしたい”
っていう感覚なんですよね。
なんかこう、外でいろんなものを浴びて帰ってきて、
それをそのままにしておくのがちょっと落ち着かない。
だから洗う。
物理的な汚れというより、なんとなくの“気配”ごと。
ちょっとスピリチュアル寄りな話に聞こえるかもしれませんが、
本人はいたって真面目です。
ただね。これ、時間めっちゃ取られる問題があるんですよ。
洗って、干して、取り込んで、たたんで。
気づいたら、今日も洗濯中心の一日。
もはや僕の生活、洗濯機が主役説。
で、ふと思ったんです。
「あれ、これって本当に“自分のため”にやってるのか?」
気持ちを整えるための習慣だったはずが、
いつの間にか
“やらないと落ち着かないからやる”
に変わってる瞬間、ありません?
こうなると、ちょっと立場が逆転してる気がして。
本当はこっちが主導権を握ってたはずなのに、
気づけば洗濯にコントロールされてる、みたいな。
なんか悔しい。
というわけで最近は、
あえて「洗わない日」をつくってみようかなと思ってます。
最初はきっとソワソワするんでしょうね。
「え、今日ほんとにいいの?」って。
でもそのあと、ふっと力が抜けて、
「たまにはちょっとラフでもいい。」
って思えたら、それはそれでアリな気がしてます。
そのほうが、また洗濯した日の気持ちよさも、きっと増すはず。
ということで今日は、
“洗濯に支配されかけてる男の、小さな反乱”
のお話でした。
ではまた。
生き方
生き方
生き方
生き方
生き方
生き方
