なぜ僕はいまでも“ファースト”ではなく、『セカンド・カミング』に心を撃ち抜かれているのか
こんにちは、らじおです。
音楽好きの人と話していると、ときどき不思議な瞬間があります。
それは、世間的には“名盤”とされている作品よりも、
なぜか自分だけ別のアルバムに人生を撃ち抜かれている瞬間。
今日はそんな話です。
自分にとってのそれは、
ザ・ストーン・ローゼス(The Stone Roses) のセカンドアルバム、
『セカンド・カミング(Second Coming)』。
ザ・ストーン・ローゼスは、
80年代後半から90年代初頭のUKロックシーンを象徴する伝説的バンドです。
のちのブリットポップ勢にも巨大な影響を与えました。
特にファーストアルバム(タイトル:「The Stone Roses」)は、
“UKロック史に残る金字塔”
として語られることが本当に多い。
もちろん、
彼らのファーストアルバムが歴史的名盤なのは分かっています。
あの独特の浮遊感。
グルーヴ。
サイケデリックな色気。
“青春の匂い”みたいなものまで封じ込めた空気感。
今聴いても本当にすごい。
でもね。
なぜか自分は、
セカンドアルバムのほうに心を持っていかれてしまったんです。
学生時代、
CDショップで手に取った『セカンド・カミング』。
再生ボタンを押して、
1曲目の「Breaking into Heaven」
でこれから始まるぞっていうワクワク感がとまらなくなり、
そして2曲目の「Driving South」が流れた瞬間、
「……なんだこの音。」
ってなった。
ジョン・スクワイアのギターが、
もう尋常じゃなかった。
キラキラしてるとか、
気持ちいいとか、
そういう感じじゃないんですよね。
もっとこう、
“胸の奥に鉄骨を打ち込んでくる”みたいな音。
ビリビリと空気を裂きながら、
真正面から感情を殴ってくる。
あの攻撃的なギターリフを聴いた時、
完全にノックアウトされました。
「ロックって、こんなに凶暴で美しいのか」
って。
しかも不思議なのが、
ファーストアルバムの頃の“伝説感”とはまた違うんですよ。
『セカンド・カミング』には、
どこか重たくて、
土臭くて、
少し疲れた大人の影みたいなものが漂っている。
でもその“重さ”が、
当時の自分には異様に刺さった。
たぶん、
青春の真ん中というより、
青春が少し終わりかけた時間の匂いがしたんだと思う。
だから今でも、
夜にひとりで聴くと危険、、、
音の圧で、
学生時代の感情が突然よみがえるから。
そして、このアルバムを語るたびに少し切なくなる。
なぜなら、
当時、この作品があまり大きく話題にならないまま、
ザ・ストーン・ローゼスの活動が止まってしまったから。
もっと聴きたかった、、、90年代の続きを、、、
このアルバムの先にあったはずの景色を、、、。
ジョン・スクワイアのギターが、
このあとどこまで凶悪に進化していくのか聴いてみたかった。
イアン・ブラウンの気だるいボーカルが、
次はどんな空気をまとっていたのか知りたかった。
だから自分にとってこのアルバムは、
“過小評価された名盤”というより、
「存在した未来の残響」
みたいなアルバムなんです。
完成されすぎた伝説のファーストアルバムよりも、
未完成なまま燃え尽きてしまったセカンドアルバムに、
今でも妙に心を奪われ続けてる。
たぶんそれは、
“続きがあったかもしれない夢”が、
いちばん美しく見えてしまうからなんでしょうね。


