こんにちは、らじおです。
最近、ふと思うことがあります。
「どう在るかで、何かを渡せる人でいたいな」と。
年齢を重ねる中で、
自分の役割や立ち位置も、少しずつ変わってきた実感があります。
差し入れをしたり、
食事の場で多めに出したり。
そういう“形のあるもの”を差し出す機会も増えてきました。
それはそれで、大切なことだと思っています。
ただ、最近はもう少し別のところに、
意識が向くようになりました。
何かをする、というよりも、
「どういう空気でそこにいるか」ということ。
自分が「この人いいな」と思う人を考えてみると、
共通しているのは、どこか余裕のある佇まいでした。
忙しさとは関係なく、
その人がいると場の温度が少しやわらぐような。
言葉にしなくても、「大丈夫そうだな」と思えるような。
きっと、特別なことをしているわけではなくて。
結論を急がなかったり、
相手の言葉を途中で奪わなかったり、
ちょっとした出来事に過剰に反応しなかったり。
そういう小さな選び方の積み重ねが、
あの空気をつくっているんだと思います。
それは、ある意味とても自然な“与え方”なのかもしれません。
何かを多く持っているから与えるのではなく、
自分の中にある余白を、少しだけひらいておくこと。
その余白が、
誰かにとっての安心になることもある。
最近は、そんなことをよく考えています。
だからこそ、無理に何かを足そうとするよりも、
自分の中の余裕を整えることのほうが、
結果として誰かの役に立つのかもしれません。
無理に何かを差し出そうとしなくても、
ふとした一言や、ちょっとした気づかいで、
誰かの気持ちが少し軽くなることもあると思っています。
まだまだ道の途中ですが、
こういう在り方に、少しずつ近づいていけたらと思っています。