繊細なまま、少しだけうまく生きられるようになった話
こんにちは、らじおです。
久しぶりに、ふらっと散歩をしてみました。
特に目的もなく、ただ歩くだけの時間。
途中でベンチに座って、なんとなく昔の自分のツイートを読み返してみたんです。
そこには、こんなことが書いてありました。
『とても繊細です。
相手のちょっとした仕草や言葉に反応してしまって、
うまく振る舞えなくなることがある。
正直、少し不便な性格だと思う。
でもその一方で、
繊細だからこそ見える景色もあるんじゃないか。
だからこれは、特別な能力なんだと。
これくらいの不便は仕方ないんだと。
そんなふうに、自分に言い聞かせて、
その日は早めに布団に入ることにした。』
ああ、なんか頑張ってるなあ、と思いました。
繊細な自分をなんとか肯定しようとして、
でもちょっと疲れてもいて。
少し無理して、少し優しくして、
なんとかバランスを取ろうとしていたんだと思います。
あれから時間が経って、
今も自分は、たぶん変わらず繊細です。
でも、ひとつだけ変わったことがあります。
それは、
「自分の取り扱い方が、少しわかってきたこと」。
昔は、敏感すぎる自分に振り回されていたけど、
今は少し距離をとって見られるようになった。
「まあ、こういうセンサーなんだよね」って。
無理に変えようとしなくてもいいし、
かといって、全部受け止めなくてもいい。
開けるところと、閉じるところ。
それを自分で選べるようになってきた気がします。
40代後半になって、
「やっとわかってきたな、自分」
と思えるようになりました。
この言葉、けっこう気に入っています。
完成じゃないけど、途中にいる感じ。
でもちゃんと、前よりは自分に近づいてる感じ。
たぶんこれからも、少しずつ更新されていくんだと思います。
繊細さって、なくすものじゃなくて、
扱い方が上手くなるものなのかもしれません。
そう思えた今日は、なんだか少しだけ気が楽です。
それではまた。
生き方
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